その日、私は抜け殻のようになっていました。
自力で探し回った1週間。そして、探偵の調査が始まってから、さらに3週間が経過していました。 娘が家を出てから、もうすぐ1ヶ月。 あんなに固く信じていたプロへの信頼も、日に日にすり減っていくのが分かりました。毎日届く報告メールにも、「〇〇駅周辺を調査」「ご友人Bさんの行動確認」といった淡々とした文字が並ぶだけ。
あんなに固く信じていたプロへの信頼も、日に日にすり減っていくのが分かりました。
「もう、見つからないんじゃないか…」
「あの子は、もう二度と帰ってこないんじゃないか…」
そんな、母親として決して口にしてはいけない最悪の想像が、黒い霧のように心を覆い始めていた、そんな日の午後でした。
仕事のフリをしていた、静かなオフィスで
私は、なんとか仕事に戻っていました。
もちろん、全く手につきません。パソコンの画面をただ眺め、時折、意味もなくキーボードを叩く。心配してくれる同僚の優しさにも、曖昧な笑顔で「大丈夫」と嘘をつく。
そんな、生きているのか死んでいるのか分からないような時間を過ごしていた、午後3時過ぎ。
デスクの上に伏せていた私のスマホが、短く震えました。
どうせ、また仕事の通知だろう。そう思いながら、重たい体を起こして画面を覗き込んだ、その瞬間。
私の世界から、音が消えました。
ディスプレイに表示されていたのは、契約書にサインしたあの日から、ずっと待ち焦がれていた名前。
【鈴木(〇〇探偵事務所)】
「お嬢様を、発見しました」
心臓が、喉から飛び出そうでした。
メールではなく、電話。
いつもの報告の時間でもない。
「何かがあった」
震える指で、なんとか通話ボタンをスライドさせる。周りの目があることも忘れ、会議室の隅へ転がり込むように移動しました。
「…っ、はい!」
裏返った、かすかな声。
電話の向こうで、鈴木さんは、あの時と変わらない、静かで落ち着いた声で、しかし、はっきりとこう言いました。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。今、お嬢様を、無事に発見しました」
「…………え?」
言葉の意味が、理解できませんでした。
発見した?
無事に?
今?
「…ほ、本当、ですか…?」
「はい。〇〇駅近くのネットカフェで、調査員が先ほど無事に確保しました。怪我もなく、健康状態も問題ないようです。今、調査員が近くで話を聞いています」
その言葉を聞いた瞬間、私は、立っていられませんでした。
会議室の壁にズルズルと寄りかかり、その場にへたり込む。
口元を押さえても、嗚咽が漏れる。
「あ…、あ…、よかった…っ!」
安堵。
いや、それだけじゃない。
安堵と、混乱と、怒りと、情けなさと…言葉にできない全ての感情が、ぐちゃぐちゃになって、涙になって溢れ出してくる。
「ありがとうございます…っ、ありがとうございます…っ!」
私は、赤子のように、ただ泣きじゃくりながら、その言葉を繰り返すことしかできませんでした。
震えが、止まらなかった
「お母さん、今から、こちらへ来ていただくことは可能ですか?」
鈴木さんの声で、私は、はっと我に返りました。
そうだ。
見つかったんだ。
会えるんだ。
「い、行きます!すぐ行きます!場所は、どこですか!?」
震えが、止まらない。
スマホを持つ手だけじゃない。
膝が、肩が、全身が、ガタガタと制御不能なまでに震えて、まともに立つことすらできない。
「大丈夫ですか? 無理なさらず…」
「だ、大丈夫です!行きます!」
電話を切り、荷物をひったくるように掴む。
「どうしたの!?」と驚く同僚に、「すみません、娘のことで…!」とだけ叫び、私はエレベーターホールへと走りました。
ずっと、止まっていた。
あの日、娘の部屋であのメモを見つけた瞬間から、私の時間は、ずっと止まっていた。
その、凍りついていた時間が、今、猛烈な勢いで動き出す。
その激流に飲み込まれそうになりながら、私は、ただ、娘の元へと走り出していました。


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