目の前には、これまで私が必死に学んできた、法律で定められた複数の書面。
『重要事項説明書』、『契約書』、そして私自身が署名する『誓約書』。
そして、その書類の一つひとつを、私が理解できるまで丁寧に説明してくれた、担当者の鈴木さんが静かに座っている。
頭では分かっていました。
この事務所は、法律を守る誠実な会社だ。
提示された調査計画も、具体的で理にかなっている。
これ以上、何をためらうことがあるだろうか、と。
それなのに。
いざペンを持とうとすると、最後の最後で心が揺らぐのです。
この記事は、そんな私の最後の迷いを、担当者のプロフェッショナルな一言が断ち切ってくれた瞬間の記録です。数々のチェックリストを超えた先で、私が最終的に何を信じ、何に娘の未来を託したのか。その全てをお話しします。
書類は「鎧」。でも、最後の不安が心をよぎる
面談の間、鈴木さんは私が納得するまで、分厚い書類の条文を一つひとつ指し示しながら説明してくれました。料金、解約条件、報告の形式…。
これらの詳細な書面は、私を怖がらせるものではなく、不明瞭な請求やトラブルから私を守ってくれる、唯一の「鎧」なのだと、その時にはっきりと理解できていました。
それでも、私の心には、母親としての最後の、そして一番の恐怖が、黒い影のように残っていたのです。
「…もし、あの子が、探偵まで雇ったと知ったら…」
私のぽつりと漏らした言葉に、鈴木さんは真剣な表情で耳を傾けてくれました。
「自分のせいで、こんな大騒ぎになったと知ったら、あの子はもっと自分を責めて、居場所がなくなってしまうんじゃないか。それが、怖いんです」
私の心を試した、彼の言葉
私の不安を、鈴木さんはまっすぐに受け止めてくれました。
そして、少しだけ間を置いた後、彼は、こう言ったのです。
「お母さんのお気持ち、よく分かります。私たちも、お嬢さんのお心をこれ以上傷つけることなく、ご家族の元へお戻ししたい。そのために、私たちはお母さんとお父さんによる『偶然の発見』を、全力で演出する黒子に徹します」
…黒子として、演出する?
その言葉を聞いた瞬間、私の心に、安堵ではなく、鋭い警鐘が鳴り響きました。
これまでの記事で学んだ知識が、その言葉に潜む危険性を教えてくれていたからです。
私は、震える声で、勇気を振り絞って尋ねました。
「すみません、『演出する』というのは、法律で認められている『調査』の範囲を超える、『工作』のような行為も含まれるのでしょうか…?」
私の問いに、鈴木さんの表情が、はっとしたように変わりました。
そして、彼は自分の言葉の選び方が不適切だったことを認め、深く頭を下げたのです。
「私たちの仕事は、未来を取り戻すことです。法律の範囲内で」
「お母さん、大変失礼いたしました。そして、ご指摘、ありがとうございます。その通りです。私たちの業務は、探偵業法で定められた尾行、張り込み、聞き込みによる『調査』とその『報告』に限定されます。『工作』と誤解されるような、違法な行為は一切行いません」
そして、彼は言葉を続けました。
「先ほどの『演出する』という言葉は、不適切でした。正しくは、『調査によってお嬢様の所在と状況を確認した上で、ご家族が最も自然な形で再会できる機会をセッティングし、そのための情報をご提供する』ということです。私たちは、あくまでご家族という主役を、法と倫理観に則ってサポートする黒子です」
この言葉を聞いた瞬間、私の心にあった最後の霧が、完全に晴れ渡りました。
私の素人ながらの、しかし必死の問いに対し、言い訳をすることなく、自らの非を認めて、法的な正しさへと軌道修正してくれたこと。
そして、法律を遵守するというプロとしての固い意志を、改めて明確に示してくれたこと。
これこそが、私が本当に信頼できるパートナーだと確信した瞬間でした。
まとめ:最後に信じるのは、あなたの「知識」と、それに応える「誠実さ」です
数々のチェックリストや、法的な知識は、あなたを悪徳業者から守るための、絶対に不可欠な「鎧」です。
そして、最後の最後、その鎧をまとったあなたが投げる厳しい質問に対し、相手が法律という土俵の上で、誠実に応えてくれるかどうか。それを見極めることが、何よりも大切です。
優しい言葉や、親身な態度だけを信じてはいけません。
あなたの「知識」という武器と、それに対する相手の「誠実さ」。
その二つが固く結びついた時、初めてあなたは、安心して未来を託すことができるのです。
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